全国を巡る旅 第1弾 14日目:天橋立~伊根~経ヶ岬

2019年6月26日(水):15日間を掛けて西日本(四国~関西・近畿~北陸)を巡る旅の14日目です。

丹後半島(天橋立~伊根~経ヶ岬)を巡りました。

本日の移動ルート

走行距離:567キロ

※帰路は特に寄る所が無かった為、一気に九州の自宅へ近付きました。

本日の旅の記録

昨晩は京都府宮津市にある道の駅「海の京都 宮津」で車中泊しました。

宮津シーサイドマート「ミップル」と言うショッピングモールが併設されている道の駅です。夜11時まで営業していました。

早朝4時半の宮津湾です。穏やかな夜明けを迎えました。


天橋立は日本三景の一つで、青い松並木と白い砂「白砂青松」が約3.6km続く、宮津湾と阿蘇海に挟まれた砂嘴(さし)です。

天橋立の北側に移動し、南方向を見ています。

あの先に見える丘の上「天橋立ビューランド」から眺めるのが本来の姿なのでしょうが、私は上っていません・・・。

この標識によると両端で2.6kmですが、小天橋(廻旋橋)側の文珠水道に沿ったハマナス自生地を合わせると3.6kmになるのでしょう。

天橋立神社です。

社殿が三社存在した明治以前は中央に豊受大神・左に大川大明神・右に八大龍王を祀っていたとされ、明治以降は伊邪那岐命(イザナギノミコト)を祀っているとされているそうです。

天橋山「智恩寺」の三門(黄金閣)です。

智恩寺の文殊堂です。日本三文殊の一つで文殊菩薩が祀られています。

境内の松の木にたくさんの扇子が下がっています。「すえひろ扇子おみくじ」と言うそうです。

智恩寺の多宝塔です。

小天橋(廻旋橋)から撮った文珠水道です。

船が通る度に90度旋回するそうですが、その姿は見れませんでした。

命名松「双龍の松」のモニュメントです。

平成16年(2004年)10月20日の台風23号によって247本の松が失われたそうです。

天橋立の北側に位置する一の宮桟橋と海抜130mの高台にある傘松公園です。

こちらにも私は上っていません。天橋立まで一体何をしに行ったのでしょう…。

松並木の中を往復しました!6~7キロ歩いた筈です。

ここをランニング出来る地元の方が羨ましい。私、毎週フルマラソンの距離を走って(何割かは歩いて)いるもので。


道の駅「舟屋の里 伊根」です。伊根湾を一望できる丘の上にあります。

どうですか、この眺望!約230軒もの舟屋が建ち並んでいます。

舟屋は伊根湾に沿って建てられていて、1階に船揚場や作業場があり、2階が居室となっています。


経ヶ岬に着きました。袖志(そでし)と言う所で丹後半島の最北部になります。

駐車場から見える日本海です。

灯台が小さく見えます。徒歩15分・0.4kmとの事なので当然向かいます!

・・・しかし、夏の暑さもあって結構ハードでした。傾斜がきつく足場も良くない為、高齢の方や足の悪い方は難儀すると思います。

海抜約140mの断崖の上に明治31年(1898年)に建てられた経ヶ岬灯台です。

全国で5基しかない第1等レンズ(直径259cm)が使用されています。

昭和61年(1986年)の映画「新・喜びも悲しみも幾年月」の冒頭で舞台になった灯台です。

どうしても寄りたい所でしたので感慨ひとしおです。

実は今もそのDVDを見ながら、この記事を書いています。

西の方角の遠景です。右端に犬ヶ岬辺りまで見えています。


いよいよ帰路に就きますが、京都府京丹後市丹後町にある道の駅「てんきてんき丹後」で休憩です。

この時点でちょうど正午でした。

ご当地サイダー「丹後七姫サイダー」で喉を潤します。

丹後地方の言い伝えに登場する7人の姫君の総称らしく、乙姫・羽衣天女・静御前・細川ガラシャ・小野小町・間人皇后・安寿姫の7姫を指すそうです。


12時間以上、トイレ休憩以外は走りっ放しで山口県美祢市に辿り着きました。既に午前様になっています。

中国自動車道の美東S.A.(下り線)にある「美東ちゃんぽん亭」で美東ちゃんぽん+ごはん 860円を頂きました。たいへん美味しゅうございました!

私はいつも、これを食べる為に小郡I.C.から美祢I.C.の1区間だけ高速道路に上がります。

時間も時間なのでこのまま、このサービスエリアで車中泊しました。

本日のまとめ

昨日に引き続き、好天に恵まれた一日でした。丹後半島、素晴らしい所です!

この日巡った天橋立~伊根~経ヶ岬は京丹後観光の王道ルートではないでしょうか。

私の場合、午前中だけで巡り終えてますので、急ぎ過ぎにも程が有りますが。

明日はこの旅の最終日です。山口県下関市豊北町の角島にだけ寄って、15日振りに帰宅します。

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