全国を巡る旅 第2弾 43日目:下北半島(大間崎~仏ヶ浦~霊場恐山)

2019年10月23日(水):2ヶ月半に及ぶ長旅の43日目です。

24日間も過ごした北海道を去るのは名残惜しかったのですが、昨日夕方の津軽海峡フェリーで函館から青森県の大間に渡って来ました。

しかし、私にとっては東北も初めて訪れる地であり、北海道に上陸した時のようにワクワクしています。

記念すべき東北初日となるこの日は下北半島を巡り、人々の人情に触れた一日になりました。

本日の移動ルート

走行距離:167キロ

本日の旅の記録

昨晩は大間に近い道の駅が無かった為、大間崎テントサイトで車中泊しました。

下北半島の突端に居ます。本州最北端です。

マグロモニュメント 本州最北端の碑」です。600mの沖合に弁天島と大間埼灯台が見えます。

マグロ一本釣りで有名な町だけに公衆トイレの看板もマグロです。


早朝の散歩を済ませてテントサイトに戻ると、昨日のフェリーで出会った同郷(福岡県人)の梅田さんもココで車中泊されており、朝飯を御馳走になりました。

テントサイトの炊事棟での梅田さんとのひと時です。

北海道に滞在した24日間、私と同様に九州から自走して旅している人をずっと捜していたのですが巡り会えず、最後の最後に出会えた事に運命を感じています。

朝飯までお世話になりまして、有難うございました。


せっかくの大間ですからマグロを食べねばなりませんが、お店の営業時間には早いのでしばらく時間をつぶします。

石川啄木 歌碑」が建っています。

「大海にむかひて一人 七八日 泣きなむとすと家を出でにき」「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」「大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり」と三つの歌が詠まれています。

ここに詠まれている”東海の小島”が大間崎沖の弁天島だそうです。

豊国丸戦死者 忠霊碑」も建立されています。

昭和20年7月14日の戦闘で大間崎沖に沈んだ旧日本海軍特務艦「豊国丸」戦死者を慰霊しています。

天童よしみ 歌謡碑」もありました。

「みちのく慕情」の歌詞に”あぁ雪が雪が舞い散る大間崎”と謡われています。

”本州最北端”のラッピング自販機です。

梅田さんから教えてもらった「さつ丸商店」に寄りました。テントサイトの駐車場に隣接しています。

梅田さんは北海道に渡る前も大間に立ち寄ったらしく、よくご存知でした。

ミニまぐろ丼 1,000円です。たいへん美味しゅうございました。

この日のネタは50kg程度の小さなマグロらしく、中落ちを盛ってサービスしてくれました。

「さつ丸商店」のお母さんです。下北半島の観光案内までサービスいただきました。やはり、仏ヶ浦と霊場恐山は外せないようです。

冬場は道路がアイスバーン化して観光客が来れない為、11月になったら4月まで閉店するそうです。


大間町を離れて佐井村の方向に南下します。

下北半島を代表する奇岩の一つである願掛岩(鍵掛岩)です。左が「女願掛け」で右が「男願掛け」と呼ばれます。

願掛岩に建立されている稲荷社と八幡社の鳥居に、桜の枝を鍵として掛けると縁結びの願いが叶うそうです。


さて、この辺りでお仕事中の地元の方々を見掛けた為、「ゴジラ岩」の場所を尋ねました。

皆さんキョトンとした表情をされましたが、一人の青年が思い当たる岩の場所を教えて下さいました。

お礼を言って別れましたが、この話には落ちが付きます。

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クルマを数キロ走らせて探していると、先程の青年が追い掛けて来ました。

「自分の説明が解り辛かった為、迷っていないか心配になった」と言うのです。下北の人情に泣かされました!

その青年が教えてくれたゴジラ岩です。まるでゴジラが頭を左に尾を右にして寝そべっているようです。「下北のゴジラ岩」と命名します!

ちなみに話の落ちと言うのは、私が思い込んでいたゴジラ岩は秋田県の男鹿半島にあるものでした。全くの勘違いをしており申し訳ありませんでした。

しかし、日本中にゴジラ岩を名乗った場所はたくさんありますが、私にとってはここが日本一です。

※この4日後に男鹿半島のゴジラ岩にも寄りましたが「下北のゴジラ岩」の圧勝です。


仏ヶ浦展望台からの眺望です。

写真の下の方が仏ヶ浦の絶景部なのですが、茂った木々が邪魔したのでトリミングしています。

駐車場は高台にあるのですが、物騒な看板を見ながら遊歩道を下って行きます。

私は北海道の山林も歩いたので熊鈴を用意していましたが、東北でも必要なようですね。

約1,500万年前の海底火山の活動による緑色凝灰岩(グリーンタフ)で形作られているそうです。

佐井港からの観光船で寄られる人がたくさん居られます。個人的には牛滝港からの船が安くて良さそうです。

形と言い色と言い、なんとも不思議な光景です。

奇岩群の高さは30~50mもあるそうです。晴れた青空であれば、より素晴らしい景観になった事でしょう。

なお、この後がたいへんでした。遊歩道の登り勾配がきつく、汗びっしょりのヘトヘトになりました。

高齢の方や足が悪い方は、迷わず観光船でアプローチしましょう。


仏ヶ浦から「かわうち湖」に向かいます。

雨になりましたが、紅葉がキレイです。

大滝で見掛けた紅葉です。


霊場恐山に向かいますが、先ずは釜臥山(879m)に寄って絶景を眺めます。

かまふせパノラマラインの途中にある「むつ湾展望台」です。

釜臥山展望台(左寄りの2階建ての建物)と山頂にある航空自衛隊第42警戒群レーダーサイトが見えます。

こうやって見るとレーダーサイトの巨大さが判ります。

自衛隊のゲートを通って上がった釜臥山展望台からの眺望です。この紅葉の種類はブナでしょうか。

雲による影に覆われて残念ですが、むつ市街地や陸奥湾が見えます。

左側には下北半島北部の海岸線も見渡せており、その先は寒立馬の居る尻屋埼です。


日本三大霊場の一つに数えられる恐山に着きました。

総門に入る手前の左手奥に六大地蔵が並んでいます。石坐像で日本一の大きさだそうです。

恐山来迎の像が迎えてくれます。

「さつ丸商店」のお母さんに、恐山には入浴の用意をして寄るように教えてもらいました。入山料の500円で入浴できます。

ここでご一緒した方に47都道府県を巡る旅の途中である旨を話したところ、その方は「サラリーマン時代から20年掛けて百名山を踏破した」と仰られていました。

まるでグレートトラバースの世界です。「グレートトラバース」って言うNHKの番組をご存知ですか。

ここには「古滝の湯」「冷抜(ひえ)の湯」「薬師の湯」「花染の湯」と四つの湯泉小舎があります。

私は何も考えずに男女入替制の「薬師の湯」に入りました。なお、「花染の湯」は混浴だそうです。

慈覚大師堂です。

恐山菩提寺は水子供養でも有名らしく、あの世へ行った子供の供養の為に石が積まれ、あの世でも子供が寂しくないように風車が供えられているそうです。

高台に立つ延命地蔵尊です。

天国を連想させる筈の極楽浜に、不吉の象徴と言われるカラスが・・・。

先程立ち寄った釜臥山の自衛隊レーダーサイトが見えます。

鏡のような宇曽利山湖に大尽山(827.4m)が映っています。

pH3.5前後の酸性の湖でありながら、酸性適応機構が発達した世界でも珍しいウグイが棲息しているそうです。

日が暮れて来ました。

塔婆堂の周りには驚くほど大きくて太い卒塔婆が何本も立っています。

総門を出る前に振り返って見た山門です。

最後の一枚に総門を撮影して、この地を離れます。

霊場恐山は、カラカラと回る風車と硫黄の臭いが立ち込める荒涼とした岩場からは「地獄」を連想させ、逆に宇曽利山湖に面した美しい白砂の浜からは「極楽」を連想させる場所でした。


この後は「国道279号ゆとりの駐車帯」で車中泊しました。

ほたて観音とトラベルプラザ・サンシャインやローソン横浜町店、公衆トイレもあって便利でした。

本日のまとめ

東北初日のこの日は下北半島を巡り、温かい気持ちになる出会いが幾つもありました。

唯一残念だったのは、尻屋埼に寄って寒立馬を見たかったのですが、下北半島も広く時間的に無理なので諦めました。

明日は三沢航空科学館~奥入瀬渓流~十和田湖~弘前城を訪ねます。

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