全国を巡る旅 第2弾 32日目:納沙布岬~根室~風蓮湖・春国岱~花咲岬

2019年10月12日(土):2ヶ月半に及ぶ長旅の32日目です。

日本の本土最東端である根室周辺を巡りました。

また、北方領土について学習しました。

本日の移動ルート

走行距離:193キロ

本日の旅の記録

昨晩は風蓮湖・春国岱(しゅんくにたい)に隣接する道の駅「スワン44ねむろ」で車中泊しました。

風蓮湖・春国岱は2005年11月に世界的にも重要な湿地としてラムサール条約に登録されています。

朝から雨が降っていましたので、ここには午後に改めて寄ります。


1875年(明治8年)に国立牧畜場として作られた「開拓使根室牧畜場」の跡地が明治公園として造成されています。

巨大なレンガ積みサイロは1932年(昭和7年)に1基、1936年(昭和11年)に2基が建てられたそうです。

快晴の青空の下であれば良い絵になった事でしょう。曇天が残念です。


本土最東端の納沙布岬に佇む納沙布岬灯台です。

明治5年に完成した北海道最古の灯台で、昭和5年に現在の灯台に改築されたそうです。

北方館・望郷の家」で、ロシアに実効支配されている北方四島(歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島)について学びました。

この四島を合わせた面積は、私が暮らす福岡県とほぼ同じ約5,000㎢だそうです。

終戦時(昭和20年8月15日現在)、3,124世帯17,291人の日本人が北方四島に住んでいたそうです。

なお、最近2018年の北方四島在住ロシア人は18,010人との事です。

一番近い歯舞群島の貝殻島までは僅か3.7kmの距離です。

望郷の岬公園にある、四つの島が支えあっているシンボル「四島のかけ橋」と「祈りの火」です。

上にアザラシが乗った「流氷 TELEPHONE BOX in 納沙布岬」です。

これが日本最東端の公衆電話になります。

写真は割愛しますが、右手に見える「根室市北方領土資料館」でも北方四島について詳しく学ばせてもらいました。

本土最東端 納沙布岬の碑です。

風が強くて撮っていただいた方の身体が揺さ振られていました。有難うございます。


納沙布岬の傍の牧場に馬が放牧されています。


根室駅前の看板です。「日本最東端(有人駅)」とあります。

無人駅も含めると東根室駅が日本最東端になります。

納沙布岬で出会った方が「根室に戻ってタイエーの焼き鳥弁当を買って食べろ」と言うので買いました。

これもその方お薦め、盛り放題の五目御飯です。どちらも美味しゅうございました。


春国岱に戻りました。以下に見掛けた動植物の写真を載せます。

ここ風蓮湖周辺はシベリアから1万羽前後のオオハクチョウが立ち寄る日本最大の中継地らしいのですが、ここ数年は2千羽を下回るまで減っているらしく減少の原因も分かっていないそうです。

昨日の野付半島と似た風景が広がります。立ち枯れたアカエゾマツが見えます。

木道から見下ろすと水草が茂っているようです。

蔓になって絡みついたツタウルシが紅葉しています。野生のウルシの中でかぶれる毒成分が最も強いそうです。

ホネキノリ(骨樹海苔)と呼ばれる糸状地衣です。

9月26日の尾瀬ヶ原でも紅葉していたヤマドリゼンマイです。あちらは標高1,400mでしたが。

※その日の記事はこちらです。

湿地帯にエゾシカが寝そべっています。

サンゴ草(アッケシソウ)です。三日前に訪ねた能取湖の卯原内園地が日本一のサンゴ草群生地のようです。


天気が優れない中、花咲岬に向かってみます。

花咲港にサンマ棒受け網漁と思われる船が戻ります。

明治23年に初点灯し「日本の灯台50選」にも選定されている花咲灯台です。

令和元年東日本台風(台風第19号)の影響を受けて車石園地の海は大荒れでした。

この時間は関東辺りに接近していた頃で大分遠いのですが。

未だ17時なのに真っ暗になりました。

この後、霧多布岬での車中泊を考えたのですが、この天気では明朝の眺望は期待できない為、道の駅「厚岸グルメパーク」まで移動し車中泊しました。

本日のまとめ

10月6日(日)に最北端の宗谷岬を訪ねてからオホーツク海に沿って6日後になりましたが、ついに本土最東端の地に辿り着きました。

納沙布岬では北方四島を目の前にして北方領土問題を学びました。

また、この数日間は知床~野付半島~風蓮湖・春国岱を巡り、道東の大自然を満喫しました。

明日は台風が通り過ぎるのを待って釧路~鶴居村を訪ねます。

いよいよ楽しみだったタンチョウとの出会いが待っています。

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